アグリード なる せ。 アグリードなるせ(安部俊郎社長・佐々木和彦常務)× 美馬森Japan(八丸健・由紀子) 農と馬で農村コミュニティの再生に挑む[前編]

『アグリードなるせのバウムクーヘン』by めろす : ノビコ バウム工房 (NOBICO バウム工房)

アグリード なる せ

農業復興のパイオニアとして地域と共に発展 宮城県の県都・仙台市の北東にある東松島市。 東は石巻市、南は太平洋に面し東北としては比較的温暖な気候が特徴です。 その恵まれた自然からは高品質な農水産物が育まれており、農業ではネギ、トマト、キュウリのほか、ササニシキ、ひとめぼれなど水稲栽培が盛んに行われています。 この肥沃な大地を襲った東日本大震災から9年目を迎えた2019年。 宮城県における農業復興のパイオニアとして地域を牽引してきた農業法人アグリードなるせは、スマート農業実証プロジェクトの実証農場として採択されました。 「超省力・低コスト生産による稲作経営の確立」をテーマに、新規就農者や若者が憧れる「スマート水田農業」の実現を目指しています。 「見える化」による効率化で広大な農地を管理 前身である中下農業生産組合から2006年2月に法人化したアグリードなるせは現在、約100haの農地で水稲、麦、大豆などを栽培しています。 この広大な農地を耕作する背景には、壊滅的な被害を受けた2011年3月11日に発生した東日本大震災が大きく関係していると、代表取締役社長の安部俊郎さんは話します。 「震災によって離農する農家が後を立たず、農地を任せたいという声が当社に多く寄せられるようになりました。 農地は年々増え、現在、140件の農家の農地を管理しています」。 整備された圃場では水稲、麦、大豆を2年3作、3年4作体系で栽培。 増え続ける農地の作業効率化を図るため同社が取り組んだのが生産状況の「見える化」です。 本事業に先駆けてクボタのスマートアグリシステム『KSASクラウドサービス』を2016年度に県の補助事業で導入した同社は、栽培計画や生産状況をデータ化し、スタッフ全員が共有することで農地に出向かなくても、その日の作業内容をオフィスで確認できることを実証。 蓄積したデータは作業、肥培管理などの振り返りや経営計画の作成に利用しています。 栽培計画や生産状況を見える化 「作業実績や栽培管理情報を各担当者がそれぞれ入力し、現状・結果をモニターで表示し、全員が共有することで各自に使命感が生まれました。 また、円滑にコミュニケーションが取れるようになり、作業が効率的に行えるようになってきています。 今後は蓄積したデータを省力化や低コスト化に生かすことを課題とし、経営の安定化を図ることが目標です」。 先進的にスマート農業に取り組んでいた同社は、さらなる効率化を目指して宮城県農政部とコンソーシアムを組み、スマート農業実証プロジェクトに応募。 加工施設の規模拡大と、雇用創出を目指して 2015年8月に農産物処理加工施設『NOBICO(ノビコ)』をオープンしたアグリードなるせは、自社栽培の小麦の製粉のほか、菓子(バウムクーヘン)の製造・販売を行い、6次産業化による経営発展と地域雇用の創出を目指しています。 新規事業を軌道に乗せるためにも、農業が抱える課題をスマート農業で解決することが急務と安部社長は話します。 「農地管理や収穫時の人手など、これまで人が行っていた部分をICTや無人自動走行トラクタなどで補うことで、新たな事業展開を図ることができます。 農業は休みがない、儲からないという負のイメージをスマート農業の活用で払拭し、若者が憧れる職業にしていきたいですね」。 2019年10月に東日本を襲った台風19号の影響により、収穫間近だった大豆は冠水により壊滅状態、大麦の播種作業も遅れ、プロジェクトの実証に大きな影響を及ぼしました。 しかし、そんな現状の中アグリードなるせは被害状況をデータ管理することで、自然災害に備えることができると前向きな姿勢を見せていました。 数々の困難を乗り越えてきたアグリードなるせは、スマート農業による効率化を実証すると共に、新しい農業経営のスタイル確立に向け、地域農業の発展に尽力を注いでいます。 超省力化・高品質生産を実現する新しい農業のカタチ ロボット技術やICTを活用したスマート農業を技術面でサポートするクボタ。 長きにわたり日本の農業を支えてきた同社の取り組みは、生産から出荷、さらには経営管理に至るまでそのメソッドを創出し、進化を重ねています。 「高齢化が進む日本の農業は今後10年でさらに減少する見込みです。 それに伴って地域の農家から農地を委託された農業法人の負担は大きくなる傾向にあり、集積された大規模な圃場を限られた人員で管理するにはスマート農業の普及が欠かせません」と、分析する南東北クボタソリューション推進部長の渡辺敏夫さん。 同社はアグリードなるせの実証農場で行われるスマート農業実証プロジェクトを、無人自動運転トラクタや食味・収量センサ付き自動走行コンバイン、直進キープ機能付き田植機などの技術面でサポート。 スマート農機と営農技術を組み合わせて超省力化・高品質生産の実現を目指しています。 自動操舵機能付運転トラクタ 経験値を補うスマート農業の活用で、営農技術を確実に継承 日本の農業の未来には若い担い手が必要不可欠ですが、技術が伴わないことから経営難に陥る新規就農者がいるというのも事実。 その背景には高品質な農作物を栽培する技術は長年の経験で培った知識に依存する部分が多く、後継者に正しく継承されにくいという問題があります。 そうした経験差を補うのもスマート農業の利点のひとつです。 「経験のない新規就農者は正しい肥培管理が難しく、予測ができません。 その場合、ドローンで撮影した生育状況をデータ化することで追肥の必要性や収穫時期を把握することができます。 スマート農業の活用で、ベテラン農家の技術を若手農家に継承できるというわけです」。 ドローンで撮影した生育状況(NDVI)のデータ画像 また、センシング技術や農機の自動化によって、農業の概念は変わりつつあります。 そのような状況下でスマート農業を普及させるためには、圃場の規模や目的に合わせた農業機械をどう組み合わせるかがカギと渡辺さんは言葉を続けます。 「同じ農機を使っても、同じ結果が出るとは限りません。 蓄積したデータを分析し、修正を繰り返すことで省力化や高品質生産につなげていくことができます」。 ドローンを活用した農薬散布で効率化を実証 見えてきた課題と今後の取り組み スマート農業を実現するためには無人自動運転トラクタをはじめとした製品・サービスの導入が必要となり、規模の小さな農家では導入が難しいという側面もあります。 今後は価格面の見直しや補助金制度の整備などが必要になってくることが予想されます。 「本プロジェクトで得たデータからは、さまざまな可能性を読み取ることができます。 大規模農家だけではなく、全ての日本の農家がスマート農業を活用し、農業を強いビジネスに進化させることが当社のミッション。 そのためにもデータを正しく蓄積し、活用するための通信インフラの整備も大きな課題です」。 プロジェクトが遂行される中で見えてきたこれらの課題には、生産者と行政、製品やサービスを提供する民間企業が一体となって取り組むことが望まれます。 農業の担い手の減少・高齢化が進んでいく中、地域の農地を守り、農業を魅力ある職業にしていくためには、アグリードなるせをはじめ全国69カ所で始まっているスマート農業プロジェクトの実証結果は日本の農業の未来に欠かせないものとなることでしょう。 (写真提供・協力 (株)クボタ、宮城県).

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会社情報

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東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県東松島市。 野蒜地区で農業を営んでいた「有限会社アグリードなるせ」も津波により農地、農業機械などが被災しましたが、震災直後から安部社長と佐々木常務は田畑の除塩作業に取り組み、その年の秋には早くも米の収穫に成功。 その後、地域の活力を取り戻すべく「福幸祭(ふっこうさい)」など復興イベントも主催。 岩手県盛岡市で馬の牧場を経営する「一般社団法人美馬森Japan」の八丸夫妻も協力し、地域を大いに盛り上げてきました。 あの大震災から丸5年。 その間、野蒜地区の振興に全力を尽くしてきた両者に、農業と馬を使った農村コミュニティの再生に懸ける思いとこれから目指す地域のあり方について語り合っていただきました。 左から「アグリードなるせ」の佐々木常務、安部社長、「美馬森Japan」の八丸健さん、八丸由紀子さん 八丸健(以下、健) 「アグリードなるせ」さんの安部社長や佐々木常務と初めて出会った日のことはよく覚えています。 ニコルさんが理事長を務めるアファンの森財団が東松島市野蒜地区で作っているの象徴的施設)の地鎮祭でしたよね。 安部俊郎(以下、安部) 2012年の10月だったね。 あれから八丸さん夫妻には東松島市の復興支援活動にご尽力いただいて助かってます。 八丸由紀子(以下、由紀子) 震災の時はすごく大変だったんですよね。 安部 うちの会社の田んぼのほとんどが津波で浸水、壊滅的な被害を受けました。 津波に流された家や車などの瓦礫で埋まってしまってね。 施設や農業機械も被災しました。 佐々木和彦(以下、佐々木) 社員総出ですぐ周辺住民の避難指示、人命救助、行方不明者の捜索、避難所への誘導や支援活動に奔走しました。 安部社長は当時消防団の副分団長をしていたから現場で陣頭指揮をしてね。 避難所となった中下地区センター、定林寺の支援活動だけでなく、新町地域、亀岡地域、東名地域へは会社が持っていた米や機械などを提供し、被災地域の食料支援を行いました。 東日本大震災で甚大な被害を受けた東松島市 安部 すぐ捜索活動を始めたんだけど、その途中で見えるわけですよ、亡くなっている方が。 もしかしたら途中でご遺体を踏んでしまっていたかもしれない。 申し訳ないけれども、当時はとにかく生きている人を探すことに一所懸命だった。 捜索活動も3月いっぱいまで、後は自衛隊のみなさんにお願いすることになり、消防団は自宅待機ということになった。 4月1日に会社に社員を集めてこれからどうするかいろんな話をしました。 何にもしないままだとどうにかなりそうだったから、できることの可能性を探りたかった。 その中でやっぱり米を作りたいと思ったんですよ。 亡くなった人たちの顔が浮かんで、何とか立ち上がらなければという一心だったね。 アグリードなるせの安部社長 それで県、市、農業関係のあらゆる事務所を回って「稲を植えたい」と訴えたわけです。 そしたら県の職員は「まだ田んぼが海水と瓦礫で埋まっているような状況で何を馬鹿げたことを言ってるんだ」と言うんですよ。 「そっちこそ何を考えてるんだ、今からやらなきゃいけないんだ!」と大ゲンカになってね。 この一件で「アグリードの社長は頭がおかしくなったようだ」という噂が広まったんです(笑)。 佐々木 農業関係で何かやろうと思うと県の方に伺いを立てないとダメなんですよ。 ここの地域も排水関係は県の管轄なので、自分たちで勝手に田んぼから津波の水を排水できないんです。 あと水の中に有害物質があるかもしれないし、行方不明者もいるし、今思うと県がダメって言うのも当然なんですよね。 でも社長はそれを全部知った上でとにかく稲を植えたいんだと。 まあよく言ったなあと思いますよね。 私の隣で社長が県の職員と電話しているのを聞いていたんですが、話している社長の声が段々大きく、オクターブが上がっていくんですよね。 ああだこうだ言ってないでとにかくやろうと必死で説得してました。 また米を作りたい 健 当時は津波をかぶった田畑は数年間は復旧不可能だと言われていたと思うのですが、よく震災の直後にまた米を作ろうと思いましたね。 安部 この地域では沿岸部にしょっちゅう海水をかぶる田畑があって、昔から塩害との戦いはあったわけです。 私は元農協マンで15年間、干拓地の営農を指導してきました。 佐々木常務も元市役所の農林水産課担当だったから一緒にこの地域で除塩に取り組んでたんですね。 もちろん今回の震災による津波は規模も被害もハンパじゃなくて、田んぼは14日間も浸水してたんですが、それでもこれまでの経験から得た知識とノウハウがあればここの田んぼも絶対除塩できるというのが2人の共通見解だった。 津波にやられた田んぼは2003年の大区画補助整備事業で、田んぼがぬからないように、排水がよくなるように、地下60~80cmに暗渠管(あんきょかん)が埋設されているんですよ。 その暗渠管の近くまで亀裂を入れてやれば絶対塩水は流せるという確信があったわけです。 アグリードなるせの佐々木常務 佐々木 ただ地震の揺れがものすごく大きくて、埋設した暗渠管が大丈夫かという議論を三日三晩やりましたね。 でもやってみなきゃわかんないし、正直なことを言わせてもらえば、生かされた命なんだからとにかくやってみようと。 安部 さらに我々には強い味方がいましたから。 2007年9月、熊本県の田んぼが高潮により甚大な被害を受けた時、除塩作業に貢献してノウハウを持っていたスガノ農機さんから除塩作業のご協力をいただけることになりました。 佐々木 スガノ農機さんは熊本県で除塩作業をしていた時のデータを持ってきた上で、具体的にここでどういうふうにして除塩作業を行うかということをきちっと私たちに提案してくれた。 あれは助かりましたね。 安部俊郎(あべ としろう) 1957年宮城県生まれ。 有限会社アグリードなるせ代表取締役社長/のびる多面的機能自治会副会長 宮城県立農業講習所卒業後、いしのまき農協(旧野蒜農協)営農指導員として入組。 1992年退職し、地域農業発展を目指し、施設園芸を中心とした専業農家となる。 2006年、農地を守り、地域と共に発展する経営体を目指して「有限会社アグリードなるせ」を設立。 代表取締役社長に就任。 東日本大震災時には自社も壊滅的な被害を受けるも、消防団の副分団長として現場で避難指示、人命救助、行方不明者の捜索、避難所への誘導などの指揮を執る。 震災の翌月から津波を被った田んぼの復旧を開始。 除塩に成功し、その年の秋には米の収穫も果たすという驚異的な復旧を成し遂げる。 現在、東松島市野蒜地区で、土地利用型部門に園芸部門、さらに6次産業化施設を加え、次世代の人材育成や雇用促進など地域農村コミュニティの発展に尽力している。 八丸由紀子(はちまる ゆきこ) 青森県出身。 一般社団法人美馬森Japan代表理事/80エンタープライズ,Inc. 専務取締役 東京での会社勤務を経て、岩手県内のリゾート総合会社へ転勤。 交換研修生としてカナダ・ウィスラーのホテルに4ヶ月出向するも、帰国後1年で勤務先の乗馬クラブが突然廃止となる。 その後、大手観光農場を経て、乗用馬トレーニングセンターに勤務。 2000年、同じ勤務先で出会った2人は結婚。 2003年、馬を活かし、馬に活かされる社会の創造を目指し、80エンタープライズ,Inc. を設立。 2004年、八丸牧場を自分たちの手でいちから開墾、オープンにこぎつけた。 2011年、東日本大震災発生の翌月、任意団体「馬(ま)っすぐに 岩馬手(がんばって) 必ず 馬(うま)くいくから」を設立。 震災直後から、さまざまな子ども支援活動を継続的に行うとともに、馬たちの力を借りて観光体験、地域活性、子どものライフスキル向上などに取り組む。 2013年、当団体を法人化し、一般社団法人「美馬森Japan」設立。 震災で甚大な被害を受けた東松島市の新たな町づくりの構想に共感し、アグリゲートなるせとともに野蒜地区でのさまざまな復興支援活動に取り組んでいる。 初出日:2016.

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有限会社アグリードなるせ

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アグリードなるせの安部社長(右)と佐々木常務(左) 佐々木和彦(以下、佐々木) 八丸さんたちと一番劇的に関係性が深まったのは、2014年の3月、C. ニコルさんのアファンの森財団と一緒に、社長や私が執行役員を務めている「のびる多面的機能自治会」にメンバーとして入っていただいたことですよね。 安部俊郎(以下、安部) 少子高齢化は日本全体の社会課題ですが、特に地方の農村部では深刻な問題です。 農業分野では、農村地域の過疎化や高齢化によって農用地、水路、農道などの協同作業による整備が難しくなっているのですが、そういう共同活動に対して助成する「多面的機能支払交付金」というのが2014年から始まったんですね。 この行政と農業分野を合体させて作ったのが「のびる多面的機能自治会」というわけです。 地域を守っていくために、農家・非農家に関わらず、すべての人々が参画できる母体ですね。 日本初の団体だと思いますよ。 佐々木 一番の目的はこの地域における自治コミュニティの醸成。 会員さんのいろんな困りごとの相談からこの地域の課題解決まですべてやってます。 もう1つ地域づくりという意味では、ここは農村エリアなので農業の慣習が地域を守っている部分もあります。 ゆえに自治会がそれをうまく調整、あるいはリーダーシップを発揮して地域づくりを推進しているんです。 現在、加盟しているのは個人会員が48名、企業・団体が8つですが、全部が農業者ではなく、非農家の方も少なくありません。 「のびる多面的機能自治会」による地域活動の一コマ 安部 会長は非農家の方。 農家がトップに立つと運営にゆがみが出るからです。 非農家の方々の目線で考えてもらって、私たち農家はそれを支えるという形になった方がより健全なんですよね。 副会長は2人制で1人が自治行政の担当、もう1人が農業担当。 その農業部門を私が担当しています。 アグリードはこのエリアを網羅した会社だから私が農業関係の担当の副会長として、すべての農業機関を束ねているわけです。 あと、各役員も教育、保健、生涯学習などそれぞれ担当をもっています。 以前は行政区長がすべてに対応していたのですがそこを変えたわけです。 佐々木 もう1つ特徴的なのは地元の人だけではなくて、震災後、復興活動を推進していく中で、アファンの森財団や八丸さんたちの美馬森Japanなど、ご支援いただいたいろいろな方々にもこの自治会のメンバーになってもらっているということです。 この地域を明るく元気にしたいという熱意のある人は一緒にやりましょうということなので、東京の方でも同じ思いを共有していればこの自治会に入れるシステムになっています。 自治会では地区の夏祭りも主催。 挨拶する安部社長(写真右) 安部 これからこの地域振興のためにいろいろとやりたいことがあって国に申請しているのですが、なにぶん新しい団体なのでなかなか認可が降りません。 人口がどんどん減少していて、そんな中でも豊かな地域づくりに取り組んでいかなければならないのだから、それに応じて制度自体も変化しなければならないと考えています。 今後も粘り強く意見していくことによって、国も動き始めると思います。 佐々木 この自治会を作ったおかげでこの地域でいろんなイベントができるようになりました。 福幸祭も最初の頃はアグリードなるせが主催だったのですが、現在はこの自治会の主催となっています。 馬で地域活性化 稲の苗を植え(写真左)、収穫する(右)子どもたち 安部 福幸祭では野蒜小学校の子どもたちを対象に農業体験をやってたんですが、八丸さんたちに加わっていただいたおかげでバリエーションがすごく増えています。 1、2年生がサツマイモの栽培体験、3、4年生がアファン財団に協力してもらって生き物調査。 5年生が稲の栽培と収穫。 その中で八丸さんたちに馬耕を実演してもらったんです。 昔この地元で使っていた馬耕用の農作業具を引っ張りだして八丸さんの馬のダイちゃんに引いてもらったら子どもたちが大喜びでね。 八丸健(以下、健) 我々ものびる多面的機能自治会との連携事業として、馬耕実演・馬車運行などいろいろやらせてもらってます。 馬耕は僕らの方が慣れてないから、安部社長にも手伝ってもらいましたよね。 やっぱりベテランは全然違う(笑)。 佐々木 ダイちゃんには汗かいてもらったよねえ。 子どもたちだけじゃなくて、大人もお年寄りもこの地域の人たちみんなが盛り上がって、それがおもしろかったですよね。 安部 70歳80歳のお年寄りが奮え立ったからね。 懐かしいって(笑)。 我々はデイサービスも経営してて、そこに来てる認知症の方々が馬耕を見たとき、一瞬、脳内の配線がつながったもんね。 これはおれの仕事だと(笑)。 そういったことなんだよね、地域の結びつきというのは。 八丸由紀子(はちまる ゆきこ) 青森県出身。 一般社団法人美馬森Japan代表理事/80エンタープライズ,Inc. 専務取締役 東京での会社勤務を経て、岩手県内のリゾート総合会社へ転勤。 交換研修生としてカナダ・ウィスラーのホテルに4ヶ月出向するも、帰国後1年で勤務先の乗馬クラブが突然廃止となる。 その後、大手観光農場を経て、乗用馬トレーニングセンターに勤務。 2000年、同じ勤務先で出会った2人は結婚。 2003年、馬を活かし、馬に活かされる社会の創造を目指し、80エンタープライズ,Inc. を設立。 2004年、八丸牧場を自分たちの手でいちから開墾、オープンにこぎつけた。 2011年、東日本大震災発生の翌月、任意団体「馬(ま)っすぐに 岩馬手(がんばって) 必ず 馬(うま)くいくから」を設立。 震災直後から、さまざまな子ども支援活動を継続的に行うとともに、馬たちの力を借りて観光体験、地域活性、子どものライフスキル向上などに取り組む。 2013年、当団体を法人化し、一般社団法人「美馬森Japan」設立。 震災で甚大な被害を受けた東松島市の新たな町づくりの構想に共感し、アグリゲートなるせとともに野蒜地区でのさまざまな復興支援活動に取り組んでいる。 初出日:2016.

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